中小企業に優秀な社員はいりませんよ!
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高学歴である必要なんてありません
中小企業に本当に必要な人材とは?
中小企業に本当に必要な人材とは、社長のコピーです。個性化教育だなんていわれていますが、個性を出すのは個人事業主です。芸能人やスポーツ選手のような一芸特化の仕事であれば、個性化は必須でしょう。企業でもデザイナーや漫画家などはそういうものがあるべきかもしれません。ただ、一般企業にはいりません。
ましてや高学歴である必要などありません。塾の指導教官など、高学歴であることが信仰に近い心を懐かせる、などという特殊事情でもない限り高い学歴など不要です。そして学歴が大切ならば東大で統一しておくくらいの覚悟は必要でしょうね。組織内で学歴差別があると、これがまた大変なんです。大企業ですら、一般企業なら百害あって一利なしだと私は考えています。
中小企業に必要なのは、社長のコピーです。
こんなふうに企業側の理屈を述べると袋叩きにあるんですが、そんなに自己というものが確立されているならば、自分で会社をやればいいのです。私は誰かのコピーになるのが苦手なので、迷惑をかけないためにひとりで仕事をしています。部下も出世もありませんが、それが私なりのケジメです。
にもかかわらず、会社には雇ってくれといい、方針には従わないという。これは契約不履行です。経営者と逆の立場になったとき、自分の発言や考え方に分がないことは確定的といっていいほどに明らかです。
社員の能力は並か中の下もあれば上等です。下の上でも十分です。大切なのは、組織の一員として同じ方向を向けるかということ。組織というひとつの船に乗って、同じ方向に漕ぎ出せるかどうかです。そういう人間だけを確保し、そうでなければどんなに優秀でも採用しないこと。
これをいますぐ決定してください。
よだれが出るほどに欲しい一流大学卒でも、自社のカラーにあわなさそうなら採用しません。また、仮に同じ方向を向けたとしても、その人の能力が自社の社員のレベルを明らかに超えているなら、とってはいけません。
方向性が違うと、いつか必ず船を逆方向に漕ぎます。能力があるので、その他大勢が懸命に漕ぐよりも、その人の力が勝る可能性すらある。そこへ社長が加わって、社員と一緒に漕ぎ合いをするとどうなるか。とんでもない損失です。さらに、社員の平均レベルを逸脱した人材は、同じ方向に漕いでくれたとしても、ほかの社員が諦めてしまったり、怠けたりといいことはありません。そうしたことが常態化すると、その人材もやる気を失い会社を辞めます。残されるのは士気が低下した無能集団ということになる。引き抜きなどが起こればますます最悪の事態です。
自社にあわない人は採らない。これは鉄則です。
コメの飯を上手く炊くコツは、粒の大きさを揃えることだそうです。だからこそ、コメの等級は大きさで絞ってあるのですね。それをさらにふるいにかけて大きさを整えると、炊き上がりにムラがなくなるそうです。超高級料亭では本当にやっているそうですよ。ざっと見るだけとはいえ、割れや濁りがないか一粒ずつ確認しているだなんて、信じられない手間です。
ムラのない組織は強い組織です。軍隊式だ、全体主義だといわれますが、会社は「選べる」ものです。強制的に所属させられるものではありません。好きなところに勤めるのですから、あわなければほかを探すべきなのです。私なんて、どこにもあう場所がない「不適合者」ですからひとりで仕事をしておるのです。そういう道だってあります。
ですので、経営者側はしっかり吟味すべきですし、できる立場です。
炊き上がりにムラが出るような社員は採ってはいけませんほかの社員にも迷惑です。また、会社に不満があれば辞めるべきです。雇われる側にはそれができる権利を持っています。辞められるのに辞めないのは、他人の人生を蹂躙しているのと同じです。まったく褒められたものではありませんし、そういう人間にだけはなりたくないものですよね。
価値観の統一は茨の道と覚悟する
社員の価値観の統一は、2〜3人のころからはじめておくべきです。そもそも創業当初は仲間内ではじめたりしませんか? それは価値観が近い人間の方が爆発的な力が出せるからです。社内の人数が増えれば増えるほど、価値観の統一は難しくなります。そして、価値観を揃えようとすると、組織が大きく割れることになります。
組織が割れるのは仕方のないことです。しかし、割れるときには小さく割る。欠ける程度に押さえ込むのが正道です。価値観の統一を図れば、納得できない社員は辞めます。それを繰り返すうちに、同じ方向を向ける社員だけが残るようになる。それでいいのです。後ろ足で砂をかけて出ていく社員は、大抵、出て行った先でも問題を起こします。もしそうなれば、自社は強くなり、他社は弱くなる。一時的な戦力ダウンも、1年もすれば埋め合わせられるでしょう。向こうはそのまま永続的に弱っていくのですから、どちらがいいかといえば、いうまでもありませんよね。
価値観の統一による痛みは必要経費です。なるべく払わずに済むように、早い段階から統一作業を進めてください。
社員教育の成否も社員の質の統一にかかっている
数人から数十人、どんなに多くても百人程度の中小企業ですと、社員教育をするといっても全員を一室に集めて1回やるだけ、といったものになるはずです。このとき、社員の質が揃っていないとどうなるか。
学校や塾をみてください。どうして入学試験があるのでしょう? どうしてクラス分けがあるのでしょう?
生徒の質を揃えるためです。これは会社でも同じように適用されることです。社員の質が揃っていないと、難しすぎることは下位の社員には理解できず、簡単すぎることは上位の社員には役に立ちません。最も不味いのは、上位の社員向けに教育を施し、下位の社員との間にさらなる溝を作ってしまうこと。よかれと思って施した社員教育が、組織破壊の鍵になりうるのです。
すでに述べました通り、優秀すぎる社員はいりません。わざわざお金をかけて優秀すぎる社員をつくり、組織破綻のお膳立てをするだなんて滑稽です。
社員教育を効果的に施すには、社員の価値観を統一し、質を均一にしていくことです。
社員の価値観と質を統一するには
私がオススメするのは、同じ時間を共有することです。
同じ時間、同じ場所、同じ釜の飯を食った仲というものは、本当に強い。不思議なほどに強いのです。これほど時代が流れて変化しているのに、デートコースに決まって食事があるのはなぜでしょう。喫茶店が街中にたくさんあるのはどうしてでしょう。
それは、人が時間と空間を共有すると強固に結びつくという性質を持っているからです。その両方を満たすうえに、食事という生命維持に欠かせない「欲」の部分を充足させる行為は、お互いの心の構えを解くのです。食べることは大切で、ともすれば相手に食事を奪われるかもしれない。しかし、そういうことはしませんよ、私は敵ではありません。という証明になるので、食事をすると相手が好きになると聞いたことがあります。本当かどうかは知りません。でも、なんとなく納得できる理屈です。
価値観を統一するなら、全員が同じ時間に同じ場所で同じことをする習慣をつくることです。そして、年に数回は必ず、食事をすること。最近は酒盛りは流行りませんから、会議費として認められるよう、食事会として酒が飲みたい人間は二次会で飲んでもらってください。
時間、空間、体験(食事)を共有することからはじめましょう。
いますぐやると決めてください。
いますぐ、です。
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